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【第3回】人生のどん底からひも解くファシリテーション:人の痛みが分かるようになった、人生最悪の状況とは?

      2015/07/27

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「反転授業」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?反転授業とは、基本的な知識を自宅などで事前に予習し、教室の授業では問題演習やグループで課題を解決するという授業スタイルです。教える教育から、生徒が自ら学ぶ教育へ。学校や塾などが反転授業の形式を取り入れることで、先生が求められる役割というものも少しずつ変わって来ています。

榎本澄雄さんは、大学受験予備校で英語を教える「塾講師」ではなく、生徒自身が積極的に学びたくなる授業を展開する「ファシリテーター」。一方的に知識を教えるのではなく、授業が楽くなるきっかけや、チームで問題に取り組む生徒同士の繋がりを作っています。

なぜそのようなコミュニティーを作れるのか?実は榎本さんは元・刑事。ファシリテーションの技術は、事件解決へのアプローチから身についたといいます。今回は予備校での取り組みと、普段はなかなか伺えない警察の内情を全3回の連載でお送りします。

(執筆:CREM編集部 丸山亜由美)

クリエイター :榎本 すみを(ファシリテーター)

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愛媛県出身、早稲田大学人間科学部卒業、元・警視庁知能犯罪捜査官
ファシリテーションを地域に拡大し、コミュニティーデザインも手掛けるkibi 代表取締役
特技のダンスは元・ZOOと共演したほどの腕前、ダンサーとしての一面も

・株式会社kibi : http://kibiinc.tumblr.com

【第3回】人生のどん底からひも解くファシリテーション:人の痛みが分かるようになった、人生最悪の状況とは?

1.警察庁長官賞、それと引き換えに壊れた家庭
2.人生のどん底、「諦め」から「明らかに見え」たこと
3.反骨精神としてのストリートダンス、地域へファシリテーションを拡大中

1.警察庁長官賞、それと引き換えに壊れた家庭

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最終回は榎本さんが経験した、人生のどん底に焦点を当ててお話を伺いました。どんな悪夢が彼をファシリテーターに導いたのでしょうか?

−−榎本さんはなぜ警察に入ろうと思ったんですか?

榎本さん(以下敬称略)世の中のことを広くちゃんと知りたいと思って。大学院を出て研究者を目指していた時もあったけれど、世界が狭くなってしまうような気がしたんです。でも民間企業に就活をするのは、全然想像がつかなかった。面接でちゃんとお辞儀をしたりとか、そういうのできないタイプだったから(笑)。警察を選んだのは、公務員だったら試験で入れるし、なんとなく暇なイメージがあった。好きなダンスも続けられるかなと思って。自衛隊や消防に比べたら、警察は広く世の中と関わるかなと。でも入ってみたら、全然暇じゃなかったけれど(笑)。」

−−警察ではどのような部署に?

榎本「警察署に配属になってから交番を経て、初めは選挙違反の仕事をしていました。大きな実績を挙げて、1年ちょっとしたら巡査部長として麻布署に昇任配置。刑事として知能犯を担当することに。上司が上手いことおだてるからその気になって、自分の限界まで仕事をしていました。目から血が出るくらいに、ものすごい量の報告書をまとめたり。尾行も「自分こんなことができるんだ」とテンションが上がって、どこまでも頑張れる気がした。でもこの時、家庭が壊れてしまったんです。」

−−いわゆる仕事人間だったからなのでしょうか?

榎本子供が生まれたばっかりなのに、夜中まで捜査本部で仕事をしていました。朝8時半出勤で、上司が言う定時は22時。でも自分みたいなペーペーはその時間で上がれるわけはなくて、終電を逃してタクシーで帰ることもあった。疲れて飲んでつぶれて帰ることもあったから、当時の奥さんから「遊んで帰って来てるんでしょ?」と疑われたり。夜中、自分が浴びるシャワーの音で子供が起きてしまう。そこでも怒られて、すれ違いの毎日でした。」

−−事件も警察も、時間に関係なく動いているんですね。

榎本仕事ができるけれど、めちゃくちゃな人が多くて。新聞紙を床に引いて寝る人もいたし、夜中に令状請求をすることもあって。非常識な時間帯だし、寝た方がいいことは分かっている。でもノっている時にやってしまいたいというのがあって。上司がそういう人だったし、自分もそういうところがあった。でも自分だけならいいけれど、他の人に強制してはいけないですよね。でないと、その人の家庭が壊れる。」

−−家庭が壊れてしまうと、ますます仕事にバランスが傾いてしまう。

榎本「家庭が上手くいかないから、仕事で乾きを癒そうとして。酒も浴びるように飲んだ。それはきっと破滅したかったんだと思います。宿直勤務の移動で夕方、霞ヶ関の丸ノ内線ホームを歩いているとき、気がつくと足先がホーム下の線路にどんどん近づいている。もしかしたら潜在的に死ぬことを望んでいたのかもしれないです。捜査本部から麻布署へ行く電車の中で寝れることに幸せを感じるくらい、寝ていなかったし。その甲斐があって、警察庁長官賞を取れた事件も担当して。捜査二課や捜査一課への異動の話があったんですが、離婚届けを出さなくてはいけなくなって行けなくなりました。」

−−何かを犠牲にしなくては、何かを成し遂げることはできないのでしょうか?

榎本「今までの生き方はそうだったけれど、これからは楽しくしたい。だから人には勧めない、絶対。」

2.人生のどん底、「諦め」から「明らかに見え」たこと

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−−その後、刑事を辞めるまでにはどのようなことが?

榎本警部補に昇任して、麻布署から転勤をすることになったんです。最初は私服の刑事ではなく、制服でパトカーに乗ることになった。でもやっぱり刑事に戻りたくて。転勤最初の当番日に、麻薬密売人を検挙したんです。しかも、職務質問で!それで警視総監賞も取ることができて。自分としては戻れるきっかけを作れたと思っていたんです。ところが、それが仇になったのか知らないけれど…変に目立ってしまったから、防犯を担当する警務係になってしまった。妬まれたわけではない、一旗挙げたから転勤先に気に入られたと、そう信じたいけれど。」

−−出る杭は打たれる、という状況だったのかもしれないと。

榎本それでも刑事には戻れなかったポスターを作って駅前で配るのが仕事になって。「ひったくりに気をつけてくださいね」と呼びかける。30代後半、仕事も出来るようになって、実績も積んで熱意もある。刑事に求められる仕事はこなせる、でも自分は刑事ではない。やりたい事件を担当できない疎外感。俺の方が絶対仕事ができるのに、と思うような後輩が刑事課にいるわけですよ。気持ちは煮えたぎっているのに、やりたいことができない。それが辛かった。」

−−それで警察を退く決意をされた。辞めた後はどんなお仕事を?

榎本「独立して自分で仕事を始めたけど、なかなか上手くいかなくて。生活のために深夜のコンビニ、飲食、映像制作など色々やりました。IT関連のハケンの仕事と警備会社は面接に落ちました。元警視庁…こんな経歴の人がウチで働くはずはない、と。若ければまだいいのかもしれないけれど、歳もそこそこいっていたし。信じてもらえなかったんです。その時はもう、何も出来る気がしなくて。」

−−この時が人生のどん底だったと。

榎本「刑事を辞めて底にいた時、年収が10分の1になって。さすがに笑った。まじかよ、10分の1かよと。昼間から夜中まで石神井公園にある三宝寺池のほとりで暗闇の中にいて、全てを諦めたそのときに、真っ暗闇の中で灯火のようなものが見えてきたんです。一度全てを捨てることで、根源のエネルギーに触れることができるのかもしれません。「諦め」とは「明らか見る」こと。とにかく自分の好きなことをやろうと、自分からのメッセージが届いた気がしたんです。」

−−そこからファシリテーターとしての道が開けていった。

榎本「前に塾の先生をやっていた時があって、自分でも結構向いていると思って。今契約している予備校の採用ページに、採用面接ではなくオーディションと書かれていたんです。コンテストとかオーディションという言葉はキラキラした響きを持っていて。ダンスをやっている身としては、そういうのに弱い(笑)。」

−−前向きに登竜門を目指せそうな響きがありますね。

榎本「警察にいた頃は、教育関係とか教官志望の人が嫌いだった。教育学部を出て、教官になりたいと思って警察に入ってくる人とかがいたけれど、だったら外で教師やればいいじゃないかと。自分はたまたま刑事が向いてて警察に残っていたから。だけど刑事を辞めたら、人から「先生」に向いていると言われたり。自分が高校生のときは、警察官と先生だけにはなりたくなかったのに(笑)。あとは娘と再会するための口実です。勉強を教えられたら会いやすくなると思ったから。娘に勉強を教えられないから、よその子に教える感覚(苦笑)。」

−−これだけの苦しい過去があるから、人の痛みが分かる。いつも調子のいい時ばかりではないことを分かってくれる、そんな安心感から沢山の生徒が榎本さんを慕うのかもしれません。

3.反骨精神としてのストリートダンス、地域へファシリテーションを拡大中

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−−特技のダンスは元ZOOのメンバーと一緒に踊るほどの腕前。なぜストリートダンスに魅了されるのでしょう?

榎本「ストリートダンスは、バレエなどとは違った文化。蔑まれる人たち、というニュアンスがもともとにあります。例えばブラジルのカポエイラ。これはダンスと武術がミックスされたものだけれども、奴隷の人たちが踊っていたものなんです。アメリカのストリートカルチャーもそう。アフリカで戦争に負けた人たちが奴隷として売られてきて、暴力や麻薬が蔓延している中、ケンカじゃなくてダンスで勝負しようと巻き起こったのがストリートダンスなんです。」

−−榎本さんの中にも、そういったマインドが?

榎本「あまり根性論とかは好きじゃないけれど…たとえ今ボトムにいても、いつかはピークへ!というものが自分の中にあるんだと。アーティストって世の中の流れを敏感に察知して、人が痛みを感じる前に痛みを感じる。その痛みを作品で表現したりするんですって。だから、生徒には直接は言わないけれど、困った時に自分のことを思い出して欲しいと思って授業をしています。」

−−榎本さんにとってダンスとは

榎本野球選手やアイドルになる夢を捨てられないのと一緒で、お金とかではなくダンサーとして一目置かれたら後は何もいらないくらい。そのくらい無条件に欲するものなんです。誰もが憧れるヒーローになりたい、そう願うのと同じ感じで、ダンスは本当に特別。」

−−ダンサーで生計を立ててゆこうとは思わないですか?

榎本「仕事をする上で、ビジネスマンとして自分をどう売ってゆくか?というブランディングは大切で。ダンサーで食べてゆくにはダンスが上手いかだけではなくて、自分をどう売ってゆけるかが大事だと思う。でも「そんなことはどうでもいい!」くらい、自分にとってダンスは特別なもの。ダンサーとしてスタジオを経営するとかではなくて、自分なりのもっと粋なやり方があるかなと思っている。」

−−その粋な方法として、ファシリテーションとダンスを掛け合わせたプロジェクトも進行中とのことですが?

榎本「塾でのファシリテーションを地域に拡大して、コミュニティーデザインにも携わるようになりました。そこにいる人同士の繋がりを作るという上で、同じことなんです。私が日頃からお世話になっている立川市役所さんの子ども未来センターで、日曜昼間に芝生で踊るダンスイベントを企画しています。親子連れで楽しめますよ!」

−−塾の中でのファシリテーションも、その規模が大きくなればコミュニティーデザインになる。教室でチームメイトを作ることは、地域で一緒に暮らす仲間を作ることに繋がっていたんですね。

−−最後に、ファシリテーターとして今後のご予定は

榎本「8月1日(土)に葛西臨海公園のホテルで、教育系NPO法人の「KNOWS第4回全国大会」にプレゼンターとして登壇します。演題は、「声なきに聴き、形なきに視る。」ファシリテーション感覚。7月10日にkibi(機微)というデザイン会社を設立したばかりですし、インサイドからアウトへ、ガンガン行きたいと思います。(笑)」

《関連リンク》
・「子供たちの未来に橋をかける」KNOWS全国大会:http://knowslearning.org/zenkokutaikai-20150801/

・立川市子ども未来センター:http://t-mirai.com

(執筆:CREM編集部 丸山亜由美)

クリエイター :榎本 すみを(ファシリテーター)

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愛媛県出身、早稲田大学人間科学部卒業、元・警視庁知能犯罪捜査官
ファシリテーションを地域に拡大し、コミュニティーデザインも手掛けるkibi 代表取締役
特技のダンスは元・ZOOと共演したほどの腕前、ダンサーとしての一面も

・株式会社kibi : http://kibiinc.tumblr.com

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 - インタビュー, クリエイター, 教育・研修系必読 元・刑事が語るファシリテーションの極意, 榎本すみを , , , , ,

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