そこはかとなく好奇心を刺激するクリエイターの秘密基地。

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第5回朝井リョウ『武道館』 自分の幸せを人に委ねてはいけない。たとえ、アイドルとして生きるとしても。

   

渕上聖也の読書中毒 -そうだ、帰りに本屋行こう。

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「本を読む」という行為は自分との対話に他ならない。特にフィクション作品は、読む人の内に感性に基づく独自の解釈が形成されることで、得られるものが変わる。良い読書は人を変えるものなのだ。本を読み、自分が変わっていく快感。それを繰り返す内に、人はいつの間にか読書中毒になっていく…。本連載は、そんな読書中毒患者の皆と一緒に、より深く読書の森へ入り込んでいくことを楽しむために生まれたものである。

朝井リョウ『武道館』

第5回朝井リョウ『武道館』 自分の幸せを人に委ねてはいけない。たとえ、アイドルとして生きるとしても。

第5回の書評は「武道館」朝井リョウ(著)です。

アイドルにあることに自覚的でいられる時代

第5回朝井リョウ『武道館』 自分の幸せを人に委ねてはいけない。たとえ、アイドルとして生きるとしても。

2011年から今も続く、アイドル戦国時代。

芸能界という生き馬の目を抜く刹那的な世界で、10代〜20代という人生の内で精神的にも肉体的にも輝かしい時代をあてがうことに決めたアイドルたちは、現役でいられる期間は限りなく短いにも関わらず、なぜこの舞台に立つことを夢見るのか?

アイドルになりたい子たちを十把一絡げに説明することはできない。伝説と化した永遠のアイドル・松田聖子や中森明菜を目指している者もいるだろう。アイドルはただの通過点、その先にある大物女優やカリスマモデルに焦点をあてている者もいるだろう。人生の内で今しかできないことだから、精一杯取り組んでみようとしている者もいるだろう。

一昔前、アイドルをしていたことが半ば黒歴史のように語られる時代があった。現在は女優として活躍している往年のアイドルには、過去のことを語りたがらない人もいる。それが今では、ある種のステータスとすらなりつつある。

一説には小泉今日子が「なんてったってアイドル」を歌った頃から、「自覚的なアイドル」が許容されていったと言われている。先頃大きく話題となったNHKの朝ドラ・あまちゃんが好評を博したことに顕著だろう。

マーケティングのシステムは時代を経るごとにアップデートされ、現在では物語性をどう練り込むかは重要なポイントだ。それは自分自身がコンテンツであるアイドルもまた同じ。自分たちがどれだけの思いを抱え努力し、邁進し、精進し、華のアイドルになることにどれだけ一生懸命になっているかを表に出すことで物語性を感じさせるのだろう。物語の強さは、これまで「アイドルなんて…」とそっぽを向いていた人たちすらも振り向かせることに成功し、アイドルビジネスが物語性を求められる時代と符号していることがよくわかる

アイドルになったのは「正しい選択」だったのか

第5回朝井リョウ『武道館』 自分の幸せを人に委ねてはいけない。たとえ、アイドルとして生きるとしても。
物語の主人公・日高愛子は、小さな頃から歌って踊ることが大好きだった。愛子が手のひらを握ればそれはマイクとなり、自分のまわりはあっという間にステージと化す。愛子が望むのは、自分の歌や踊りで幸せになってくれる人たちが増えること。でも、今はまだ両親や幼なじみ・友人くらいにしか見てもらえない。具体的に何になりたいかなんてよくわからないけれど、愛子は歌って踊ることができればそれでよかった。

愛子がアイドルになったのは自然なことだったと思う。性別や年齢に関係なく多くの人に自分の歌や踊りを届けられる仕事・・・アイドルを目指すのは、とてもわかりやすい「正しい選択」だった。歌って踊ることについては、どこまでも許されている。もっと素晴らしい歌を、もっと美しい踊りを。未熟であることを良しとされるアイドルだが、未熟なままでいるのを良しとされることは少ない。

応援してくれる人たちは、アイドルに物語を求めている。それも、アイドルたちが成長していくという物語を。頼りない歌声、ぎくしゃくした踊りでも許されるかわりに、日々成長していかなければならない。愛子にとってアイドルは天職といえるのかもしれない。なぜなら、歌と踊りを良くしていきたい気持ちはファンの思いと合致しているのだから。

愛子が所属するアイドルグループ「NEXT YOU」は、途中で脱退ないしは卒業するメンバーがありながらも順調に活動を続け、デビューから3年で日本武道館公演を目前に控えるまでに成長する。見てくれる人が増えればそれだけアンチも湧いてくるし、ルールや縛りは日に日に厳しくなっていく。

そんな中、アイドルとして活動する愛子に芽生えた疑問。

アイドルに課せられているルールって、本当に大事なことなの?
絶対に守らなきゃダメなことなの?
それより大事なことがあるんじゃないの?

それは「アイドルとして生きる」ために、決して考えてはいけないことだったのかもしれない。

「正しい選択」などどこにもない。振り返ってみて、「正しかった選択」があるだけだ。

第5回朝井リョウ『武道館』 自分の幸せを人に委ねてはいけない。たとえ、アイドルとして生きるとしても。

恋愛禁止、スルースキル、炎上、特典商法、握手会、卒業システム・・・。アイドルを取り巻く世界には、さまざまなルールがある。明文化されたものもあれば、暗黙のルールも数知れず。しかも、まだ生まれて数年しか経っていないものだらけだ。アイドル自体の歴史もたかだか30年ほどしかない。

変化の早いこの時代、今流行っているものでも、あっという間に風化していくのは誰もが肌で感じていることだろう。アイドルにおける常識が今後10年で様変わりする可能性を誰にも否定出来ない。過去の常識が現在の非常識になるのはめずらしいことではない。

愛子は、アイドルに課せられているルールについて疑問を持ってしまった。
今正しいとされていることは、未来永劫正しいことなのだろうか?と。

歌って踊れればそれでよかった愛子は、アイドルとしてのルールに迎合することができなかった。黙って応じていれば、幸せなアイドル生活が送れたのかもしれない。しかし愛子が選択したのは、アイドルとしての幸せではなく、縛られたものを取り戻すことで得られる幸せだった。

正しい選択なんてどこにもありはしない。人間誰しも、その時々で最良の選択をしながら生きているものなのだから。それが正しい選択だったのかは、後になって振り返ってみたときに初めてわかるものなのだ。そこに、「正しかった選択」として残るだけだ。

「私たちに、こうすべきだ、こうすべきだって言ってくる人の頭の中にばっかりいたら、ダメだよ」
「正しい選択なんてないんだもん、どこにも」

けじめをつけた愛子が物語の終盤で仲間に告げるこの言葉が、とても印象深い。「本当にすべきこと」を他人に委ねてはいけない。誰が決めたかわからない幸せになれるのルールを無意識的にこなしていくだけでは、きっと幸せになれないのだ。

この物語がハッピーエンドなのか、読む人によって見方は変わるだろう。愛子はアイドルとしては幸せになれなかったかもしれない。しかし、自分が選択が『正しかった選択』となった結果、愛子は誰よりも幸せになれたのだと筆者は信じたい。

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執筆者:渕上聖也

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ライター・エディター。書評や映画評などの批評、インタビューを得意としています。ガイアックスソーシャルメディアラボのブログの中の人。コトバ使いにセンスのある女性が大好物です。人と積極的に会うことで日々のモチベーションを養っています。
ヘンテナプロジェクト:http://hentenna-project.com/

渕上聖也の読書中毒 -そうだ、帰りに本屋行こう。

画像提供:PAKUTASO様 企画:渕上聖也・大野謙介 GIFアニメ制作:大野謙介

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