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第3回 乾くるみ『イニシエーション・ラブ』 逸品の恋愛物語と極上のミステリーは、同居させることができる

      2015/06/02

渕上聖也の読書中毒 -そうだ、帰りに本屋行こう。

渕上聖也の読書中毒 -そうだ、帰りに本屋行こう。

「本を読む」という行為は自分との対話に他ならない。特にフィクション作品は、読む人の内に感性に基づく独自の解釈が形成されることで、得られるものが変わる。良い読書は人を変えるものなのだ。本を読み、自分が変わっていく快感。それを繰り返す内に、人はいつの間にか読書中毒になっていく…。本連載は、そんな読書中毒患者の皆と一緒に、より深く読書の森へ入り込んでいくことを楽しむために生まれたものである。

第3回 乾くるみ『イニシエーション・ラブ』 逸品の恋愛物語と極上のミステリーは、同居させることができる

第3回 乾くるみ『イニシエーション・ラブ』 逸品の恋愛物語と極上のミステリーは、同居させることができる

第3回の書評は「イニシエーション・ラブ」乾くるみ(著)です。

あの恋がなかったら、今の私はいない

初恋が実る確率は100人に1人だそうだ。(※1)

「そんなに!」と思うか「やっぱり!」と思うかはわからない。ただ、初恋が実るということは、奇跡に近い出来事なんだということはわかる。

人は何度も恋に落ちては恋に敗れ、その度に心を痛めながらも立ち直り、また新しい恋に向かっていく。その繰り返しが、少しずつその人をより輝かせるのだ。叶わなかった恋は、決して無駄にならない。むしろ、うまくいかなかったその恋が『通過儀礼』となることもあるのだから。

あの恋がなかったら、今の私はいない。
そんな、『通過儀礼としての恋=イニシエーション・ラブ』を描いたのがこの小説だ。

私たちはもう、携帯電話やソーシャルメディアのない時代を思い出せない

第3回 乾くるみ『イニシエーション・ラブ』 逸品の恋愛物語と極上のミステリーは、同居させることができる

携帯電話がなく、メールもなく、ソーシャルメディアもスカイプもLINEもなかった時代、私たちはどんなふうに恋愛をしていたのか、もはや思い出すことも困難になっている。

この小説で描かれる恋愛模様をみていると、何だかノスタルジックな気分になってくる。舞台は1986年から87年の東京と静岡。そんなに昔の話ではないはずなのに、はるか昔の世界なのかと錯覚してしまうくらいだ。

当時の世界観を表現するために、当時のヒット曲「君は1000%」「木綿のハンカチーフ」や、大ヒットしたドラマ「男女7人夏物語」、国鉄から名称変更されたばかりのJR、出始めたばかりのテレホンカードなど、さまざまな小道具が舞台を彩っている。

具体的にはその存在を知らない人でも、そこにはどんな風景が広がっているのかイメージできてしまうくらい、その描写は逸品だ。

A面の恋、B面の恋

第3回 乾くるみ『イニシエーション・ラブ』 逸品の恋愛物語と極上のミステリーは、同居させることができる
「side-A」「side-B」という、ふたつの場面が紡ぐ恋愛物語。その始まりは「side-A」、つまりA面から始まる。「A面」とは何かがわからないのなら、カセットテープで調べてみるといい。iPodもMP3もないこの時代、音楽はこんな形で出回っていたのだ。

大学生の鈴木夕樹は、合コンで出会った歯科衛生士の成岡繭子に一目惚れしてしまう。仲良くなった合コンのメンバーで静岡海岸に行くことになり、その際、夕樹は繭子の電話番号を教えてもう。もちろん電話とは携帯電話ではない。固定電話のことだ(まだ電話が個人と結びついていない時代なのだ)。

本が好きというふたりは次第に仲を深めていく。やがて、夕樹という名前がタキに見えるからということで、繭子は夕樹を「たっくん」と呼びはじめる。心身ともに結ばれたふたりは、幸せな恋人生活を送っていた。

そして場面は「side-B」、いやB面に移る。

静岡の会社に勤める会社員のたっくんは、あるとき東京派遣の内示を受ける。繭子を連れて引っ越すことができなかったため、未練を残しつつもたっくんは単身東京へ向かう。

繭子に会うためだけに週末車を走らせ静岡に変える生活を続けていたが、東京で出会った石丸美弥子という同僚に、次第に心惹かれていくたっくん。繭子への気持ちを疑いたくはないが、美弥子に惹かれる気持ちもごまかすことができない。

そしてある日、突然繭子から妊娠したことを告げられる。問答の末、結局堕胎することになったが、たっくんはどちらの女も諦めることができず、関係を持ち続ける。

心がない混ぜになったたっくんは、ついに絶対に言ってはいけないことをつぶやいてしまった…!

逸品の恋愛物語と極上のミステリーは、同居させることができる

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イニシエーション・ラブが刊行された当時、驚愕のトリックが仕込まれたミステリー小説として話題を呼んでいたことを覚えている。恋愛要素はあくまでスパイス。楽しむべきはトリックの妙だった。

しかし、どうやら今は極上の恋愛物語として読者に受け止められているらしい。確かに恋愛に主軸をおいて読み返してみると、これは悲しみと希望に満ちた恋愛物語として読める。驚愕のトリックの方が、むしろスパイスに変わってしまった。時代を問わず常に必要とされる、恋愛物語の底地れぬ需要に驚くしかない。

そして、本書が今また話題となっているのは、実写映画化が決定したことも関係している。2015年5月23日に、松田翔太×前田敦子&木村文乃主演で上映される。もう本書を読み終えた方ならば、この作品がいかに映像化されることに「向いていないか」がよくわかるだろう。

物語をひっくりかえすトリックは、活字であるがゆえに成立するタイプの罠だ。単純に映像化することは決してできない。小説と映画ではトリックを変更しているとのことだが、本筋を変えずに物語を成立させられるものなのか。こればかりは観てみなければわからない。

原作小説を読んで映画に挑むか。
映画を観てから原作小説を読みとくか。

どちらにしても、あなたはきっと2度見ることになる。

(※1):初恋が実る確率は100人に1人=ライフネット生命による初恋に関する調査
http://news.livedoor.com/article/detail/6673293/

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執筆者:渕上聖也

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ライター・エディター。書評や映画評などの批評、インタビューを得意としています。ガイアックスソーシャルメディアラボのブログの中の人。コトバ使いにセンスのある女性が大好物です。人と積極的に会うことで日々のモチベーションを養っています。
ヘンテナプロジェクト:http://hentenna-project.com/

渕上聖也の読書中毒 -そうだ、帰りに本屋行こう。

画像提供:PAKUTASO様 企画:渕上聖也・大野謙介 GIFアニメ制作:大野謙介

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